食べたい 舐めたい 危険地帯
2026/06/29 11:51:08
…(日記タイトル参照)っていう曲があるんです。

別に、私が創った造語ではありません(笑)。
SEX MACHINEGUNSってバンドの曲です。
しかも、アルバムのリード曲だったりして、武道館LIVEで一曲目に演奏し、ファンは、「食べたい、舐めたい、危険地帯!!」と、叫びながら、頭を振りまくる(ヘッドバンキング)…という、客観的に見たら、ただのカオスです(笑)。
ある意味、宗教(的)です。
そんなバンドを追っかけながら、青春時代を謳歌致しました。
ごきげんよう、殿方様。
あ、前述の通り、所謂、メタルバンドが好きです(笑)。
趣味?ヘッドバンキングかな…!!と、胸を張って伝えたかった時代があります(笑)。
でも、当時…高校、大学では、「ごきげんよう」と、首を斜め45度に傾けながら、微笑んでご挨拶をしておりました。
…はい、人間というのは、わからないものなんですよ…表面だけでは、本当に。
よくここの日記に、一般企業に勤めている姿のことを、“世を忍ぶ仮の姿”と綴るので、逢瀬がかなった殿方様に、
「【あざみ】の姿が、世を忍ぶ仮の姿じゃないの?逆じゃないの?」と、素朴な疑問として投げかけられることがあるのですが…そんな訳なかろう(笑)。
衣服を纏う、洒落込むことを[装い]、[装う]と言うでしょう?
鶯谷のお仕事は、その[装い]一切なしの、裸一貫になるお仕事ですよ?
取り繕うも何もありゃしない。
忍ぶもへったくれもない(笑)。
そりゃ、確かに、一般企業に勤めている“私”は、本名で仕事しておりますが、偽りないのは、本名、住所、年齢、健康診断結果…くらいなもんだ…と、思っております。
私は、会社勤めしている時は、営業職なので、【あざみ】の時同じく、対人コミュニケーションこそ“仕事”でもあり、対人コミュニケーションとは、“心”在きではあります。
しかしながら、営業職を勤める私こそ、“装っている”ことを否定はしません。
心在きならば、本来、感情的になるのが、人間。
だけど、社会…兎角、一般企業に於いて感情的になる人って、社会適応能力がある、とは言えない。
例えば、会社で感情的になって怒鳴り声の一つでもあげようもんなら、まぁ現代社会、一般的な一部上場企業なら、コンプライアンスに引っかかって、始末書どころか、顛末書案件になりかねないのが、もはや普通。
そこにキャリアや、役職は関係ありません。
「言いたいことも言えない、こんな世の中じゃ…Poison」と、某反町隆史さんが昔歌ってらっしゃいましたが、実のところ、言いたいことを言っちゃう方が 世の中的にはよっぽどPoison…な、訳で。
「俺は、俺をだますことなく生きてゆく…」
って、それ、社会からのドロップアウト宣言と同じじゃないか…(笑)。
と、当時にしても苦笑いました。
ちょっとした、ピーター・パン症候群じゃないか…(苦笑)と。
自分くらい騙せよ!!社会人なら(笑)と。
あ。でも、上司に媚へつらうなんてしないですよ。しない、というか、私はできないので。
社会のルールに沿って生きること、マニュアルに沿った仕事をすることと、媚へつらうは、勿論違います。
ただ、必要悪ってありますし、社会で生き抜く為に、狡猾さの必要性も理解できますが。
「お客様に可愛がられてナンボ」からスタートするのが営業職ではありますし。
ただ、スタートはそれでいいのですが、営業職でも、役職が付くと変化は必要です。
企業理念を貫きながら、お客様を説得しつつ、利益確保に勤め、部下、部署、会社を守る、が、管理職であり、それは営業であっても同じく。
貫くべきところは貫き、譲れないものは、譲れない。それがクライアント相手だとしても。
これを、自身の為…利己的ではなく、利他的にできるか、否か。
でも、「上の人間に可愛がられてナンボ」…は、私は社会に出てから、正直、1ミリも考えたことはありません。
敬うこと、慕うこと、最低限の礼儀は勿論、必要ですが、社内の人間同士で馴れ合っていたところで、1円の利益も生まれないので(笑)。
馴れ合うことは、守ることではない、と、私は思います。
世を忍ぶ仮の姿で在る時の私は、“装い”まくってますよ、それは、それは…の世界です。
会社勤めの人間って、会社からお給料を頂く訳ですが、正確には、会社から…ではなく、お客様在りき、で、会社が給料を支払える、が、実のところ。
経理や財務が数字と日々にらめっこ…は、勿論ですが、組織を維持する為に、毎月どれだけの粗利益が必要か…を日々考えているのが、営業です。
また、必要な粗利益を生み出す為には、どれくらいの人的資源が必要か…
所謂、マンパワーですね。
マンパワーもマストで維持できるように管理せねばならない。
感情的にはならないまでも、利他的を貫く姿勢で、必要な“喧嘩”を買って出るのは、管理職ならば当然です。
凄く語弊は伴いますが、仕事ってどんな仕事であれ、お仕事して頂くお給料って我慢料なんですよ、如何に自分を殺せるか…つまりは、利己的にはならず、利他的に客観的に考えられるか。
「お給料は、我慢料」
先日、お亡くなりになった美輪明宏さんも仰っていた、と、記憶しています。
自分の好きなことをしている…と、思われがちな芸能人の方でさえ、我慢して、生きて、お仕事して対価を得ている…
これ、企業の世界でも、どこの世界にも通ずる話ですが、
上に行けば行くほど、悩みは尽きない。
芸能人、アーティスト然り、
一流には一流の悩みが付いて周り、
二流の悩みはその内容も二流相応で、
三流の悩みは、悩みすら三流。
…そんなもんだと思います。
一人で生きる方が楽。
と、よく聞く話ですが、それはその通りです。
それは何故か?
単純に、自分以外の誰かのことを考えなくていいからです。
責任を背負わず生きた方が楽。
それはその通り。
でも、実のところ、産まれて息してるだけでも、責任って誰しもが背負っていて、例えば、日本人として国籍を持っているならば、日本国憲法、民法、刑法を破らずに、ルールに従って生きることって、日本国民としての義務であり、責任なんです。
国家の中の“一人”で在るだけで、義務や責任は少なからず、負っています。
理屈で云うならつまりそういうことですが、事実として一人で生活かなっている方いませんから…。
自身のプライベートを充実させて生きるが為、お仕事は、誰かの為、会社の為、屋号の為に、自己主張よりも何某かに尽くす心、思いやりが必要。
自分以外の何某かの為に尽くして、得ることができるのが対価。
割り切って生きる、も、社会人です。
自分勝手に楽して生きて、得られる対価はまず皆無。…だと私は思います。
とはいえ、私、仕事が好きなんですけどね(笑)。
日々、頭を使うことが単純に好きなんです。
戦略を立て、トライアンドエラーを繰り返し試す作業が好きなんです。
寝っ転がって過ごすよりも、何某か作業していたい…派です。
社畜…というのとは、異なりますが(笑)、でも、営業って、自身も勤めている会社の社名背負って動くので、対企業でも勿論ありますが、やっぱり、対人間なんです。
相手次第で出方を変えるし、相手次第で傾向と対策は異なる。
人生、できるならばフルに使って一人でも多くの人に私は出会いたいし、“相手に寄って、出方を変える、相手に寄って各々の傾向と対策を練る”…ことこそ、学びだと、私は思います。
鶯谷のお仕事も、「生きてるって楽しいな!!」っていつも感じながら、いつも努めさせて頂いております。
対人コミュニケーションという意味では、一般企業も鶯谷界隈のお仕事も、正直言って同じですよ。
はっきり言って[売るもの]が異なるだけです。
兎角、鶯谷界隈のお仕事こそ、万人が万人にできるお仕事ではない、と、感じます。
それは、倫理的な話とは別で、要するに、鶯谷界隈のお仕事を“ちゃんと”プライドを持って全うしている方って、地頭がいい人しかいらっしゃらない。
鶯谷界隈のみならず、花街のお仕事や水商売って、まぁ適当に勤めてらっしゃる方がいらっしゃる…ことも否定はしませんが、長年勤める、生き残る人…要するに、長年売れ続ける方、というのには、どこの世界に於いても、きちんと裏付けや理由があります。
水商売や花街仕事で、例えば、“美”や、“若さ”という先天的な才だけを売り物にするは、よくある話ではありますが、正直云うなら、それだけでは、“売れる”も、ましてや、“売れ続ける”は、難しい。
花の色は移りにけりな悪戯に 我が身世にふる眺めせしまに
まさに。です。
現代社会は、美容医療、美容施術の発達で、人工的に“美”や“若さ”の維持が可能になり、例えば、キャバ嬢って20年前は、30歳引退が当たり前でしたが、今は、40近くになっても、“量産型の美”を維持しながら働き続ける、売れ続ける方も沢山いらっしゃいます。
ただ、キャバ嬢の場合は、これは悪く云う話ではありませんが、外見は“量産型の美”なんです。
20数年前、エビちゃんもえちゃんブームで、女子大生やOLが、一同にして、エビちゃん、もえちゃんをお手本にし、量産型女子が増えたのと同じくで、
あの時代、ある意味、ルッキズムの権化でちょっと異常だったとは感じます。
凡その男性が好むだろうヴィジュアルに女性が合わせる…何が悲しくて…と、個人的には思っておりましたが(笑)。
でも、外見は、“量産型の美”を求められる、がキャバ嬢。
キャバ嬢のヴィジュアルのお手本は、売れっ子キャバ嬢ですから。
外見的には、没個性を求められる仕事であるのは間違いないと思います。
でも、とはいえその中でも如何にして個性を発揮できるか、が、やはり肝で、戦略を立てられる地頭のよい女性がキャバ嬢のトップにも立つのだとは感じます。
接客業、水商売って、仕事として極めようと思ったら、一般企業以上に難易度が高い。
一般企業にも並行して勤めている、私がホントにそう感じます。
兎角、鶯谷界隈の花街仕事特に。
例えばですよ、初対面の方と、マンツーマンで120分、180分密室で2人きり一緒にいて、お相手を楽しませて、笑顔で帰って頂く…
って、万人が万人できることではないんですよ(笑)、普通に考えて。
一般的なサラリーマンの営業職の人間のお客様との面談で、それが15分でもプレゼンテーションで口籠る方々を私はもう多分1,000人以上は見てきました。
でも、それが多分、社会一般の普通です。
考えてみてください。
120分、180分…どころか、それ以上の時間、花街界隈のお姉様方は、初対面の方をお相手したとしても、飽きさせることなく、楽しませて、満たして、お別れをする…
プレイの技術だけではけっして無い。
地頭のいい賢い人でなければ、全うできない“営業”です。
倫理的なことは除くとしても、万人が万人できる仕事ではない。
と、感じるのはそれが総て。
差別はある仕事だと私自身も認識しておりますが、その差別してらっしゃる皆さん、同じことできますか?
やれるもんなら、やってみてください。
と、言葉悪いですが、喧嘩を全うに買えるくらい、胸を張れる仕事だとも感じます。
世を忍ぶ仮の姿は、サラリーマンやっている私であって、鶯谷界隈の花街仕事、【あざみ】で在る時の方が私自身の“素”に限りなく近い。
と、感じるのは、取り繕って、装って…という、要するに、誤魔化しが効くお仕事ではないんです。
難易度が高い、故に。
総てをさらけ出した上で、地頭フル回転させてやっと全うできるお仕事だと感じます。
風俗嬢だし、売女…と呼ばれたとしても、きっと、生き残ってこの仕事を全うしているお姉様方はきっと、痛くも痒くもないと思うんです。
逆に、そう言われたとしたら、「やれるもんならやってみろ!!」と、心の中では思っていて然るべき仕事です。
例えばキャバクラやクラブなら、話にいき詰まることがあったら、黒服さん方が助けを差し伸べてくれますが、花街仕事はそうもいかない。
問題が起こったとして、その時その瞬間は全て、自分一人の瞬時の判断で解決策を秒で見出さねばならない。
裸一貫仕事で、且つ、常にその姿のまま身を守る判断も全て自分に委ねられている。
リスクはあります。
でもその高いリスクでさえ回避できるのは全て自分次第。
臨機応変とはいうけれど、臨機応変に“全て”を立ち回れる人間って世の中の何パーセントですかね?
と、お尋ねしたいくらい、地頭の良さ、賢さが求められるのが、花街のお仕事です。
だから私は長く勤めあげている諸先輩方を尊敬しています。
例えば、「誰でもできる仕事」と、ナメてかかって花街の世界に飛び込む人がいたとして、諸先輩方に鼻で笑われる事があっても、当然だと感じます。
誰でも…は、できるお仕事ではないので。
まぁ、鶯谷のお仕事を初めて2ヶ月ちょっとの私が云う話でもないのですが、鶯谷のお仕事って、全う出来たら、何よりも胸を張れる仕事ですよ。
だったら、パネルで顔出ししろよ、と言われるとは思いますが、
生きやすく生きる、は、個人の自由で、人権もありますから。
卑下して恥ずかしいと思っている訳では一切ありません。
そして何より、私は鶯谷のお仕事を愉しみながら勤めております。
そんなこんなで。
話がちぐはぐになって、申し訳ありません(笑)。
では、今日も14時から鶯谷の空の下、貴方との逢瀬を心待ちにしておりますね。
あざみ
