写メ日記

出勤致しました!!

2026/10/10 15:35:33

ごきげんよう、殿方様。

三連休の前夜の昨晩、私も世を忍ぶ仮の姿での仕事は、三連休。
ということで、夜長時間を活用して、たまには知的に(笑)“読書の秋”を実践し、愉しみました!
文章を書くのも、活字を読むのも苦ではないタイプなのですが、趣味として読書を日々愉しむまでは、如何せん、一日24時間では時間が足りない毎日を生きている現代人…なので、休日前夜且つ、連れがいない日の夜(我が家、週末婚スタイルなので。)くらいは思いっきり!!一人時間を愉しみます(笑)。
そんな私が昨晩愉しんだ本は、【耳鼻削ぎの日本史】。
…いや、グロテスクなアングラ本でもなければ、SM本でもありません(笑)。
ジャンルとしては、民俗学で、日本民俗学の観点からの日本の処罰の考察ですね。
“耳鼻削ぎ”という刑が幕末の時代まで日本には存在していた、らしいです。
とても興味深いのは、日本民俗学のパイオニアである、柳田邦男さんと南方熊楠さんが唯一論争したのが、“耳鼻削ぎ”だった、という話で。
因みに、“日本民俗学”と、グローバルの民俗学というのは、少し異なります。
柳田邦男や南方熊楠が研究したのは、あくまで日本国内の民俗学に限定されています。
そもそも、民俗学とは人文科学の文化人類学の中にカテゴライズされる学問ではあるので、文化人類学は、フィールドワーク無しでは語ることができない学問故、民俗学然り絶対的なフィールドワークを必要とし、マクロな研究をしている研究者の方が少ない学問ではありますが。
そして、南方熊楠さんに関しては、実は南方熊楠さんの方が柳田邦男さんより早く生まれ、早く研究にも勤しんではいて、柳田邦男さんは、スタートは、役人であったにも関わらず、日本の民俗学学者といえば…の、第一人者に柳田邦男さんの名前が上がってくるのは、要するに、南方熊楠さんの方が研究がマニアックだったが故です。
南方熊楠って粘菌学者でしょ?という声が聞こえても間違いでは無いくらい、民俗学、文化人類学…というより、自然科学の方向に最終的には寄ってしまった感があります。
ただ、柳田邦男の研究とは、“日本昔ばなし”然り、子どもであっても耳を傾けられる“キレイ”に収まったところがあり、耳鼻削ぎという刑罰に関しても、神様や精霊たちへの生贄文化に飛躍させて自身の感情をも織り交ぜながら研究となり、
今でいうところのデータ収集、過程、根拠に基づいた結果のみ重んじる研究者畑の南方熊楠が感情論も含まれる、柳田邦男の研究発表に噛み付かずには在れなかった…という気持ちはよく分かります。
前述の通り、私の中では、南方熊楠って民俗学者というより、粘菌学者でしょ?のイメージが強すぎる方でしたが、
これ、サルトルの実存主義を、レヴィ・ストロースの構造主義がぶっ壊した…と、理屈は同じで、「人間だもの。」が通用するならは、柳田邦男や、サルトルにも理屈は勿論ある。
人間だから心もあるし、感情もある。…気持ちはわかる!!と、共感したくなりますが…(人間なんで)
でも、ソレってやっぱり、学術論文としては弱いんですよね。
ただこれ、今現在はまだ解明された論文が発表はされていないにせよ、ノンバーバルコミュニケーション(非言語コミュニケーション)として、人間の感情を解く研究者が出てきたら、全てがひっくり返る飛び道具となる可能性があります。
例えば、上記の南方熊楠論や、レヴィ・ストロースの構造主義は、なんなら今現在、人間以上にAIが得意とすることで、上記の柳田國男論や、サルトルの実存主義は、AIが分析するのに一番苦手とすることなんですよ。
人文科学系の現代の研究者、一発逆転が有り得る…としたら、ノンバーバルコミュニケーション(非言語コミュニケーション)を究めて、研究としてかつては無効とされた、実存主義を有効であると証明することだな…と、世の中の8割の人間がどうでもいい…と感じるようなことを、考えて一人で楽しんでいた、秋の夜長でした(笑)。

そんなこんなで。

本日、ご予約頂きました殿方様ありがとうございます!!
出勤してから小一時間の時間がありましたので、自分的メモを写メ日記に綴る…という、暴挙でした(笑)。
なんか、すいません…。

それでは、のちほど。

あざみ


最近、ファミマに行く度に、レディ・ガガ様がファミマの店員やってたら、ぶっ飛ぶよな…と、笑ってしまいます(笑)。

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