写メ日記

平凡で在って、刺激的。

2026/08/06 05:37:23

ごきげんよう、殿方様。

最近、若人のお客様に、「あざみさんって、悩みないんですか?」と、よく尋ねられます(笑)。
悩み…ないように見えますか?…でも、悩んで解決することって、世の中に余りないような…と、首を傾げてしまう、45歳の夏です(笑)。
昨日は、世を忍ぶ仮の姿で在る時の仕事を朝から晩まで…暑い中を、パンツスーツで動いておりました。
基本的に、リモートでの仕事なので、朝から晩までスーツを着てオフィス街を闊歩することはコロナ禍以降激減しましたが、たまにはそんな日もあります(笑)。
基本的には、貴方と同じサラリーマンなんで(笑)。
異業種交流会なんかにも行きますよ、普通に。
なんなら、今日は夕方からまさにそれで名刺交換会で名刺バラ撒いてきましたよ(笑)。
20年以上社会人やっていると、私自身はもう既存顧客様だけで手いっぱいで新規開拓を個人ではもうしませんが、部下もおりますし、会社の為。
でも、営業職って個人的には一番好きな仕事です。
ただ、“仕事”ってなんでも同じだと思いますが、「楽しい!!」と言えるようになるまで時間がかかる。
「楽しい!」と言えるようになるまで耐え忍ぶ期間ってなんの仕事でも必要で、一部上場企業に入社したから“楽しい”のか、お給料に恵まれているから“楽しい”のか、ではなく、どんな環境であれ、会社やお客様に認めていただけるまで頑張らねばならなくて、頑張って努力した成果として、認知され、居場所の確立ができる。
“何者でもない”ところからスタートするのは、誰しもが同じで、会社そのものに認知度があれば、ある程度はスタートから下駄を履けることはあれど、例えば営業職ならば、屋号は名刺に記されてはいても、“個人”に付いてくださるお客様というのも、営業職を長らく経験していると、存在してくださる。
こればっかりは、AIやロボットで統一が難しい職種だと感じる事がやり甲斐で、続けた人にしかわからない喜びがある仕事だとも感じます。
鶯谷のお客様に最近よく、「コミュ力モンスター(笑)」と呼ばれておりますが、私はそもそも内勤は性格的には向いておらず、個人的に、外からの風を感じている方が学びがある、と思って生きております。
仕事、好きなんですよね(笑)。
というか、対人コミュニケーションが好きなんです。
いまだに、「あざみちゃんいつ寝てるの?」と、心配してくださるお客様もいらっしゃいますが…、海外とのやり取りが多く、朝まで仕事している、は、事実(笑)。
でも、それから早朝の愛犬たちとのお散歩を済ませ、お店に出勤連絡のメールを送ったら、爆睡してますもん、私(笑)。
故に、鶯谷への出勤は午後からなんです(苦笑)。
夜型の仕事をしているだけで、凡その皆様が出勤に費やすだろう時刻に、私は夢の中…です。
稀にこの夏の時期、私が徹夜で一睡もしない…のは、全てG1CLIMAXのせいなので、それは全然大丈夫です(笑)。
でも、1985年に男女雇用機会均等法が制定されているとはいえ、私が社会人になった20数年前って、総合職で入社をしても、女性が男性と肩を並べて仕事する…認められる為には、当時はまだ産休は、社内に制度はあっても、暗黙の了解で、子どもを持つなら出世は諦めろ…という雰囲気は否めなかった時代でもありました。
当時はまだ、一般職という職種も存在しましたし、結婚後、寿退社をされる女性も少なからずいらしたので、出産を取るか、仕事(出世)を取るか…は、暗黙の了解であれ、社会に出た女性は選択を迫られたのは否定はしません。
結果的に、私は、パートナーの存在はあれど、“仕事”を選択しましたが、かといって自身ではその選択に後悔をせずに今に至っておりますが、男女雇用機会均等法が明るく認知されたのは、この10数年の話だとは感じます。
余談ですが、社会的性差を“ジェンダー”と呼ぶことが日本でスタンダードになったのは、約20年前くらいで、それ以前も勿論、社会学用語として、“ジェンダー”という言葉は存在してはいましたが、今の大学生が当たり前に大学の授業で学んでいる[ジェンダー論]は、私が大学に入学した26、25年前は、[女性論](一部女子大に限り[女性学])という講義名でしたから。
1985年に男女雇用機会均等法は制定されてはいても、“ジェンダー”という言葉が明るくなったのって、本当、ここ最近です。
“マイノリティ”という言葉は、本来なら“マジョリティ”([多数派])の反意語であり、[少数派]という意味ですが、でも日本では、[(社会的)弱者]という謎の訳で何故か世の中に布教され、その[社会的弱者]の括りに、女性という性も含まれる、と、25、26年前までの大学の研究者は胸を張って教壇に立って仰っていました。
…事実は物語より奇なり…ではないですが、勿論、それを耳にした女子大生のみならず、当時の女性の中で簡単には頷けなかった…私も、その一人ですが。
まぁただ、当時のフェミニズムに説得力を感じなかったんですよね。それも事実です。
この鶯谷の仕事もしていて、私がこんなことを言うのは、疑問に感じる方もいらっしゃるとは思いますが、フェミニズムって、男女平等を唱えて、間違ったことは一つも言ってないんです。
ただ、フェミニズムを本当の意味で必要としている人に浸透していないこと、フェミニズムを当然として、並の男性以上に社会的地位を確立した女性たちのみが声をあげた訴えだった事に、世の中に伝わない理由があった、それだけです。
そして、[社会的弱者]という意味では、女性に限らない。
何よりそこに落ち度があった。
1970年代のウーマンリブ当時から、アメリカでは[女性学]と共に、[男性学]も存在していました。
[社会的弱者]という中には、女性ばかりではなく、LGBTQばかりではなく、“弱い男”も存在するという研究がアメリカでは進んでいた。
でも、その研究が日本に入ってきたのが余りにも遅く、[社会的弱者]にカテゴライズされる、男性の社会的救済こそ、日本は先進国の中で遅れを取ってしまった。
例えば、「女のクセに…」と、今、社会の中でうっかり口にしようものなら、セクハラで大批判の的になり得るし、それが会社組織の中での発言なら、その一言だけで一発左遷や減給は免れませんが、
じゃあ逆に、「男なんだから、しっかりしろよ!!」…のような発言だって日常会話の中で、「女のクセに…」と肩を並べて有り得る。
「しっかりしろ!!」という発言に、男も女もないんですよ、本来は。
要するに、【女性らしさ】も、【男性らしさ】も、社会によって作られる“性差”であって、どちらにしても、強要されるべきではない。と、“平等”に、何故、アメリカではできて、フェミニズムが女性主観論と訳された(私はこの訳、大嫌いですが)当時、何故、日本では言い切れなかったのか…
何故、フェミニズムばかりを一人歩きさせてしまったのか…を、いまだにちょっと個人的には考えます。
私は、当時女子大で、“女性学”を学んだからこそだと思いますが、本来なら並行に“男性学”を学ばないと、ジェンダー平等もへったくれもない話だ、と、いまだに思うところです。
私なんかは、学生時代からアルバイトで、SMの界隈に片足を踏み入れてしまったので、経済的にという意味は於いて置くにせよ、強い女もゴマンと見ているし、弱い男もゴマンと見ていたので、フェミだけが一人歩きすることの整合性はイマイチ取れなかった部分も大きいのですが、“平等”という意味では、全てのマイノリティを救済すべく、学問として論じるが本来ではあると感じます。
ジェンダー論のみならず、社会学を学ぶって、本当に、机の上の勉強だけでは、説得力皆無なんですよ。
とはいえ、机の上の勉強だけをして論文を書いている研究者が殆どなので、おへそでお茶が湧きそうですが。
ただ、女性の社会進出という意味に限ったら、日本はジェンダーギャップ指数、今日でも先進国最下位です。
とはいえ、社会的弱者を救済する…ならば、机の上に齧り付いて勉強されていた人が、その人自身の主義主張をするだけでは意味がなく、社会的弱者と呼ばれる人たちのリアルな肉声に耳を傾けなければ、意味がないと、私は思います。
これが私の社会学…だと、私が胸を張って言えるのは、社会学修士も持っているけれど、私は学生時代から、夜の世界も見ながら、昼の世界で生きているから、です。
夜の世界は、歌舞伎町なんかは特にですが、弱者と呼ばれる方が数多存在します。
ただ、本当にその知識を必要とする人たちに、その知識を伝えることができないなら、学問って、意味がない…兎角、社会福祉は。
知恵や学びって、本来ならば、支援物資と同じです。
本当にそれを必要としている方々に行き渡らなければ、意味がないんです。
私は、少なくとも“平等”を唱えたいのであれば、高みの見物はするべきではないと考えます。
歌舞伎町の変態業界は勿論、鶯谷にも…実は、研究者の方々が足を運んでらっしゃって、鶯谷に関しても、私に名乗ってくださった方も数名いらっしゃいました。

故に、これを読んでくださっている“貴方”へ、今日は久しぶりの長文徒然…
敢えて、綴らせていただきました。

さて。
本日は、14時から19時半までの受付で鶯谷へ。
様々な殿方様のお話に耳を傾けるのが大好きです。
逢瀬を心待ちにしておりますね。

あざみ



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