本日も、ありがとうございました。
逢瀬が叶いました殿方様へ

夢現の穏やかな時間、共に愉しめましたこと、感情申し上げます。
沢山、優しく愛でて頂き、沢山、我儘に愛でさせて頂き、光栄に存じます。
またの逢瀬を心待ちにしておりますね。
時に。
日記のコメントにもお問い合わせを何度か、
「Sですか、Mですか?」
「調教(することを)経験したことはありますか?」
等、頂戴しております。
先ず、私に興味、関心を抱いてくださった、その“想い”に、感謝申し上げます。
そして、ここから先、少し長くなってしまいますが、飽きずにお付き合い頂ける方は、お付き合い頂けましたら、幸いです。
私自身の事を少しお話させて頂くと、鶯谷にお勤めさせていただくのも、この業界で勤めさせて頂くのも、私は初心者です。
しかしながら、あくまで趣味の領域…と言いますか、趣味を兼ねたキャストとして、都内某街の、所謂、“変態業界”界隈と呼ばれる世界に、20数年身を置いて、自身も愉しみつつ、その世界の景色を横目で見ておりました。
そんな私の、経験と、あくまで個人的見解です。
「Sですか?Mですか?」を問われた時、正直なところ、
Mではない(絶対)。だけれど、完全なるSでもない。
が、私自身の正解だと、思います。
何故なら、本当の“M”、本当の“S”を名乗ることができる方とは、趣味嗜好の域を越えた、どちらに於いても“プロ”であり、そこに“プライド”がある方。
且つ、語弊を恐れずに申しますと、プラスアルファで、知識と学が伴う方です。
それを前提に、誤解を恐れず申し上げますと、私自身は、そこに“プライド”までは持ち得ていない。
要するに、“ノーマル寄りのS”くらいなら、お伝えするに、適切だと、個人的には考えます。
私には、某街で長年、「女王様」を名乗り、勤めている、姉と慕う女性がおります。
私がまだ齢二十歳だった頃、
その姉とお酒の席を共にしておりましたら、
「はい、教科書。」と、目の前に、マルキ・ド・サドの原書を複数積まれたことがありました。
…本気の“S”って、並ではないんです。
技術、実践のみならず、
サディズムとは何か?を、学ぶ為にマルキ・ド・サドを熟読する事に努め、日本語訳では完全翻訳されていないニュアンスまで過不足なく、マルキ・ド・サドを理解する為に、語学まで学ぶ。
何事も、知は宝ではありますが、感服した覚えがあります。
当時、私はまだ学生ではありましたが、英語であるならまだともかく、フランス語の原書講読…「無い!!」と、瞬間的にねをあげた覚えが鮮明に記憶にあります。
故に、マルキ・ド・サドを熟読した経験もない、サディズムとは何か?の、正しい知識、加えて、個人的見解も明確ではない私は、未だ、胸を張った“S(サディスト)”は名乗れない。
誤解を恐れずにお伝えするなら、これが、私の正直なところです。
快楽の扉とは、“探究心”だと私は考えます。
私自身は、マゾヒストではありませんが、それこそ、Sから与えられる快楽を追求したいと願う、Mの立場だとしたら、やはり個人的には、サディズムとは何か?の、概論から学びたい気持ちにはなるとは思います。
概論からの知識を得た上で、個人的快楽の扉を開けば、より一層愉しめる世界だとも感じます。
小難しい話は抜きにしても、
私はマルキ・ド・サドの原書からは逃げた人間である…(笑)ということだけ、笑い話としてご理解頂けたら、と、思います(笑)。
(※くどいようですか、上記はあくまで個人的見解です。)
ただ、余談ではありますが、
「痴女なんですか?」と、問われましたら、胸を張って、「はい。」と、答えさせて頂きますね。
長くなってしまいましたが…
それでは、宵、善い、酔い、夜を。
次の出勤は、日曜日。
鶯谷の空の下、お待ち申し上げております。
日常とは乖離した時間、共に愉しめましたら幸いに思います。
あざみ

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