ほんの少しでも優しい夢を…。
2026/07/28 23:51:10|コメント:0件
ごきげんよう、殿方様。

先ず…
熊本、九州地区の皆様、身の安全の確保だけ、どうかくれぐれも…
皆様の無事を願います。
こういう時に、被災地以外にも自粛を促すのか、被災地以外は努めて“日常”を過ごすべきか…
また、意見が分かれるのだろうな…と、3.11然り、過去を踏まえて考えさせられますね。
私自身、熊本在住の友人、知人、世を忍ぶ仮の姿時の仕事関係者の安否確認で地震以降の半日を過ごしました。
幸い、私は学生時代の友人たちも、仕事関係者も命は無事で、それが何よりでしたが、
自宅は半倒壊…だったり、
地割れが凄くて、国道も走れない…
自販機の電源も落ちている…
等の、友人、知人たちからのリアルタイムでLINEに届く現地の声は、ニュースよりもリアルで、青ざめてしまいました。
市内は停電で、暑さを凌ぐ為に車中泊で不安な夜を過ごすしかない方々や、エアコンも効かない熱帯夜に避難所で過ごすしかない方々に、今何ができるか、と考えても、何もできず無力さを痛感するしかないのですが、
とにかく、私の友人、知人に関しては命があるだけでも幸い。
震源地のショッピングモールでは、ごく普通に夕食のお買い物など“日常”を過ごしていただけの人たちが建物の崩壊と共に未だ安否確認ができていない…と、被災者の皆様のみならず、御親族の皆様方を含め眠れぬ夜をお過ごしのことと、思います。
天災、自然災害に関しては、誰も悪くない…という、真の現実が、人間の気持ち行き場を見失わせる…といいますか、なんとももどかしい気持ちにさせますが、
ただ、命さえあれば、そこで終わらないのが人間です。
戦後復興然り、過去の震災復興然り、命ある限りは何とかなる!!と、そう在った先人たちの前列(マインド、想い)がある。
国に関しては、何とかしてもらわないと困る。
日本は、地震大国。
震災なんて起きないなら、起きないことに越したことはないけれど、“地震が有り得る国”と、わかって予算を組んでいるのだから、国の動きが悪い…は、無い。
と、私は感じてしまいます。
昨年、能登に旅行に行った際、未だに復興ままならない地域、場所が数多あるのを目にして、愕然としました。
東日本大震災の際に立ち上がった、復興庁って、庁まであるんですよ、日本って。
復興庁の前身は、東日本大震災復興対策本部なので、東日本大震災の被災地域に特化した庁であるのは確かにせよ、東日本大震災以降に震災が起きて被災地になっている地域だってあります。
東日本大震災復興対策本部から復興庁と改名して、数多の国家公務員をその庁の役人として投入しているのだから、“東日本大震災”にばかり特化する必要どこにあるんですか?
縦割り行政…とはよく云うものの、臨機応変さが役所や役人には足りな過ぎる…と、民間企業勤めが長い人間としてはどうしても感じずには居られません。
復興庁のスローガンには、
【被災地に寄り添いながら、前列に囚われず、果断に復興事業を実施する為の組織】とあります。
被災地に寄り添う…は、国の組織として当然としても、
“前列に囚われず”…の時点で、もはや何を言っちゃってんの…?ではあります。
震災に前列はあっても、震災って、地域も異なれば、規模も異なる、よって、“前列に囚われず”もへったくれも、“前列”があったところでそのエビデンスは比較対象にはならない…。
有事の際、臨機応変さがなければ、有事こそ適した対応、対策なんてできない。
震災復興、過去に“前列”がある、と、私が前文で綴ったのは、七転び八起きの先人たちのマインドとしての“前列”であって、それを語るべきは民間人ならまだしも、国の“組織”がスローガンとして掲げるのはかなりズレてはいる、と、個人的にはそう感じてしまいます。
過去の先人たちのマインドから学ぶ…は、あくまで“個人”且つ “私人”で在るからでの話で、
国の組織の役人や、公人が語り、ましてやスローガンにするなんて、
「貴方方が目を向けるべきは“今”であって、この“現実”であって、被災地に寄り添うならばこそ、過去のどうこうなんて、“今”やるべき事を考えたら、“前列”に照らし合わせる事…なんて時間の無駄でしか無いでしょ!省くならわかるけれど、それをやるべき…なんて一刻を争う有事の際に、間違いでしか無いでしょう。」と、批判されるのは当然。
大枚の税金を国に払っている民間人の我々は声をあげて然るべきの由々しき事態です。
兎にも角にも、今夜は一人でも多くの人命救助と、
一刻も早い復興を祈ります。
貴方の“今”に、心ばかりですが、寄り添わせてください。
あざみ



